西郷と山岡が、徳川慶喜の死罪取り除きや江戸城明け渡しなどを話し合ったとされる。
名前の語源はアイヌ語の「オグシリ(水の中に浮かぶ島)」と考えられている。
第十五代将軍 徳川慶喜公の駿府での屋敷跡
将軍職を秀忠に譲った徳川家康が移り住んだ城。現在本丸、二の丸は駿府公園として一般公開されている。
寛永9年に大手組町奉行として設置された。静岡市葵区役所敷地内に碑がある。
第二代将軍徳川秀忠の生母「西郷局」の墓がある
わからないことを質問紙に書き貼っておくと、別の人が紙で答えを書いてくれるというもの
駿府町奉行所により当時、交差点の真中に幕府の政策や法令、禁制等をかかげた高札が立ててあった
この場所はあべの市の中心地。市の守護神として祀られている
東海道中膝栗毛の作者で、この場所が生家跡とされている
安倍川二丁目 遊郭跡。有吉佐和子原作「香華」の舞台となった場所
清水区由比の紺屋に生まれた由比正雪は、由比正雪の乱の後駿府で自害した。
川越人夫が人や荷物を渡す作業を、川役人が監視していた川会所跡
正直な川越人足の行為をたたえた石碑
小将井神社の境内にある。
日本橋から46里目にある一里塚。
丸子宿の入口を示す看板
現在は本陣跡の石柱のみが立っている。横田家が務めた。
旅立つ乙州へのはばむけの句が刻まれている。
十辺舎一九の「東海道中膝栗毛」にも鞠子宿のとろろ汁が登場する。
丸子橋にかかる橋。大正時代には鞠子橋と呼ばれていた。
高札場であった場所に、高札の復刻版が立てられている。
源頼朝が両親の供養のために創建したといわれる寺。
寛保年間に開かれた臨済宗の寺。幕末の志士山形大弐の兄、野沢昌樹の墓がある。